数々のヒット作を送り出す白泉社が、人気絵本作家・ヨシタケシンスケ氏初のお悩み相談本『お悩み相談 そんなこともアラーナ』のプロモーションで選んだのは、駅ごとに異なるクリエイティブを展開する緻密な交通広告であった。
デジタルメディアによる情報接触が主流となる中で、あえて物理的な「場所」に紐づいたアナログな表現にこだわった理由とは。
宣伝広報部の小川氏に、作品の魅力を最大化させるための媒体選定と、読者との「距離」を縮めるための手法を伺った。

株式会社白泉社 宣伝広報部小川 乃絵留 氏
「この世の悩める人すべて」をターゲットに据えた理由
―小川さんのご担当業務と、『お悩み相談 そんなこともアラーナ』について教えてください。
白泉社は絵本や漫画を主に刊行している出版社で、私の所属する宣伝広報部は、それら刊行物のプロモーションを広く担う部署です。私自身は現在、アプリ系のコミックと、絵本や書籍の宣伝を専門に行っています。
『お悩み相談 そんなこともアラーナ』は、絵本作家として絶大な人気を誇るヨシタケシンスケさんの作品です。弊社が刊行する雑誌『月刊MOE』で連載していた、読者から寄せられたお悩みにヨシタケさんとアシスタントの「アラーナちゃん」が回答していく人気企画を1冊にまとめた作品です。
ヨシタケさんは絵本作家としてのイメージが強いため、普段は親子が主なターゲットになることが多いのですが、今回のお悩み相談には8歳の女の子から70代の方まで、本当に幅広い層から投稿がありました。質問の内容もといった切実なものから日常の些細なことまで多岐にわたります。そのため、ターゲットを特定の層に絞るのではなく、文字通り「この世の悩める人すべて」と捉えました。ヨシタケさん初のお悩み相談本が出るという認知を、既存のファン層を超えて最大化することが今回の最大のミッションでした。

画像:「お悩み相談 そんなこともアラーナ」単行本
書店店頭やWeb、新聞広告を組み合わせた「多層展開」の狙い
―交通広告以外にも、多角的な施策を展開されたと伺いました。全体像を教えてください。
出版社として非常に大切にしているのは、やはり書店さんでの展開です。今回は全国の書店14店舗に、実際にお悩みを投函できる「ポスト」を設置しました。売り場で本を手に取ってくれた方がその場で応募し、回収したお悩みの中から一部を、後日ヨシタケさんが雑誌の紙面で回答するという、連動したイベント形式をとりました。これによって、『月刊MOE』の読者層以外の方からも広く悩みを集めることができたと考えています。
また、発売タイミングに合わせ、新聞広告も実施しました。こちらは書影を中心としたシンプルな構成で、発売をストレートに告知する役割を持たせています。大きな企画を一つやるだけでなく、書店、新聞、Web、交通広告と多角的に展開することで、読者の生活動線のあらゆる箇所で作品に触れる機会を設計しました。基本的には発売タイミングのプロモーションを厚くし、デジタルとアナログ双方の強みを活かした「多層展開」を意識しています。

画像:全国14店舗の大型書店に設置された、ヨシタケシンスケさんへの「お悩み相談ポスト」
デジタル時代に、あえて「交通広告」という場所を選ぶ価値
―プロモーションが多角化する中で、オフライン広告を選択した背景を教えてください。
Web広告は低予算から出稿でき、ターゲットに効率よくリーチできる素晴らしい手段ですが、一方で情報が溢れているため、ユーザーに深く印象を残すことが難しい側面や、仕様上どうしても見る人にとって邪魔な存在になってしまう、マイナスイメージから広告視聴が始まってしまうという側面があります。対して、交通広告や新聞広告といったオフラインの媒体は、出稿までの審査基準や物理的な掲出の規模感から、内容に対する信頼感を得やすいという特性があります。
特に交通広告は、特定の「場所」を利用するすべての人に同じように表示されるため、パッと見た瞬間に「今この作品はすごくプッシュされているんだな」というインパクトやブランドの熱量を直感的に与えることができます。今回の作品は「寄り添い」がテーマだったため、人々の日常の風景の一部として溶け込み、ブランディングに寄与できる交通広告は非常に有力な選択肢でした。
「駅ごとのメッセージ」と「余白」で狙った自分事化
―掲出駅ごとにイラストが異なる非常に手間のかかったクリエイティブでしたね。こだわりを詳しく教えてください。
都内の主要駅の特性に合わせ、ヨシタケさんに8種類のイラストを描き下ろしていただきました。例えば、日本武道館が近い九段下駅には「夢をいつまで追うべきか悩むバンドマン」、ビジネス街の新橋駅には「組織勤めに向いていないと悩む会社員」、学生街の三田駅には「就活中の学生」という具合です。
「あ、これは今の自分に近い悩みだ」と自分事化してもらうため、各駅のポスターには「そんな〇〇のあなたにも」と駅ごとにメッセージを打ち出しました。これにより、通りかかる人との距離を一気に縮める設計にしています。
デザイン面では、ヨシタケさんの作家性を最大限に活かすため、イラストも文字も手書きのものを使用しました。出版社の広告は情報を詰め込みがちなのですが、今回はあえて情報を絞り「余白」を大切にしています。本の柔らかい雰囲気を壊さないよう、パステル調の色味で統一し、ヨシタケさんの独特な空気感が自然と街に溶け込むようにしています。

画像:都営新宿線・新宿駅、新宿三丁目駅ポスター広告
CD/C 二谷輝郎、AD 奥野凛(博報堂)

画像:都営三田線・三田駅ポスター広告

画像:都営線11駅ポスター広告
数値化できない「手応え」をどう評価し、次へ繋げるか
―交通広告は効果測定が難しいと言われますが、実施後の反響をどう捉えていますか。
正直なところ、定量的な成功指標を完璧に持つことは難しいです。特に出版業界においては、発売と同時に広告を出稿することが多いため、広告単体での売上増を切り分けて分析するのも容易ではありません。しかし、定性的な手応えは確実にあります。
神保町駅で掲出確認に行った際、熱心にポスターの写真を撮っている女性に遭遇しました。街中で「わざわざ足を止めて、写真に収めたいもの」になっている。その行動が見られたこと自体が、見た人の感情が動いた証拠であり、今回の目的が達成された証左なのかなと感じています。
また、SNSで写真を上げてくださっていたり、同業他社の方から「面白い広告を出していたね」と声をかけられたり、小さな反響の積み重ねが多くありました。今の時代、SNSで拡散される「土地性を活かした面白いクリエイティブ」であれば、掲出場所を超えて全国に広がる可能性があります。企画段階で、この「副次効果を生めるか」という確信を持てるかどうかが、実施の一つの判断基準になっています。
作品の「魂」に合わせた、最適な媒体選びの追求
―最後に、今後のプロモーションの展望について教えてください。
白泉社には、会社として宣伝方法や媒体に制限を設けていません。出版物は作品ごとに特性が全く異なるため、その作品に合った媒体を、各担当者が個別に精査していくのが基本方針です。宣伝担当は少人数で分担しており、担当者ごとに考え方も異なりますが、だからこそ柔軟な媒体選定が可能になっています。
今回の『そんなこともアラーナ』のように、お悩みに優しく寄り添うような作品であれば、また場所の力を借りた面白い仕掛けを考えていきたいですね。予算には限りがありますが、だからこそ「なぜこの場所で、この媒体でやるのか」という理由付けを突き詰め、心に残るプロモーションを続けていきたいと考えています。
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